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- koya21
- 2018年4月11日
- 読了時間: 1分

全ての行動はなんらかの円周を描こうとしている。いくら試しても描きそびれ、円になれなかった端はそこで終われず、再び円を志し、その場から前進/後進しながら長く長く伸び ていく。そうした螺旋をひとりにひとつずつ当てはめるとして、ソバージュの髪のように どこかの円周で接触しつつもそれぞれが方々へと向かっている様がある。繰り返し後方へ 立ち帰ろうとしたり、確かなものに触れようとしたりすれどそんなことは一度も叶わず、 それでも動き続けるのを止められない。
運動の末端が時たま筆先となる。旋回運動をするように何度も筆を取り画面に触れる。延々 の空振りを絵画は一平面に受け止める。空振りの積み重ねが層になるとは知らない。消えていく円周との無数の接触が画面にあるとすれば、地表と同じ焦点では見えないものがあるだろうか。
そして、ひとりのうちの部分が分かれてふと他の周回と歩みをともにするように、自分の選んだ色彩が何かの円周と共鳴しているかもしれないことを想う。
2〜3月の展示の際のステートメントです。
次の展示の詳細についてはまた改めて。